怖い話「未知の感染症」
舞台は2024年の東京。裕也は17歳の普通の高校生で、都内の公立高校に通っていた。彼の日常は、友人とのゲームや部活、試験勉強といった些細なことに追われ、平凡そのものだった。しかし、ある日、彼の生活に終わりを告げる異変が忍び寄る。ニュースでは、遠く中東のある閉鎖的な都市で「未知の感染病」が発生したとの報道が流れていた。感染者は次々と急死し、原因不明の症状に全世界が戦慄していた。
「未知の感染病」が遠く離れた異国の話だと、誰もが考えていた。しかし、その脅威は裕也の身近に迫っていた。
それは突然だった。裕也の学校でも「ただの風邪」と思われる症状が次々と報告され、生徒や教職員が体調を崩し、欠席する者が増えていった。初めは軽い疲労感や頭痛、そして喉の違和感。裕也も同じ症状を感じていたが、学校の部活やテストが忙しく、あまり気に留めていなかった。
しかし、ある日の放課後、友人の誠とゲームをしていたとき、誠の白目部分に淡い影が浮かんでいることに気づいた。
「誠、お前、目が変じゃないか?」
「は?何のことだよ?…あれ?鏡見たら確かに…影みたいなのがあるな。疲れてるのかな?」
その影は、この「未知の感染症」の初期症状の一つだったが、まだ誰もそのことを知らなかった。
数日が過ぎ、学校は感染拡大の危険から一時的に閉鎖された。しかし、感染はすでに学校の外に広がっていた。裕也の体調も次第に悪化し、急激な筋力低下や視力の低下、さらには手足が痺れる感覚を感じ始めた。いつも楽しんでいたゲームも集中できなくなり、日常の行動すら困難になっていく。
彼の家族も同じように体調を崩していた。特に裕也の妹、美咲の症状は急速に進行していた。彼女は言葉を失い、白目に浮かんだ影は次第に広がり、その瞳には何か恐ろしいものが宿っているようだった。
「お兄ちゃん、私、もうダメかもしれない…」
美咲はそう言って、最後に裕也に抱きついた。その瞬間、彼は恐ろしいことに気づいた。美咲の目はすでに白く濁り、まるで魂が抜け落ちたようだった。
裕也も美咲と同じ運命をたどるのではないかという恐怖に苛まれていた。彼の周囲の人々が次々と同じ症状に苦しみ、やがては呼吸困難や心筋の損傷によって命を落としていった。何もできない無力感に打ちひしがれ、彼は次第に正気を失っていった。
末期症状の患者たちは、認知症に似た症状を呈し、家族や友人の名前すら思い出せなくなる。裕也もまた、視力がほぼ失われ、手足の感覚は完全に消え、ただ死を待つだけの存在になっていた。
彼が最後に見たものは、鏡に映る自分の目が、白く濁っていく姿だった。
感染症は爆発的に広がり、東京の街は恐怖と絶望に包まれた。政府はロックダウンを宣言し、病院は患者で溢れかえり、医療崩壊が起きた。人々は自宅に閉じこもり、外界との接触を避けようとしたが、それでも感染は止まらなかった。
裕也が死んだ後も、彼の街は荒廃し続けた。食料や医療品が不足し、人々は互いを疑い、暴動が起こった。感染者は社会から隔離され、差別や偏見が蔓延し、家族や友人との絆すらも壊れていった。
最終的に、世界はこの未知の感染症に屈し、多くの都市が廃墟と化した。そして、あの「淡い影」はいまだに新たな犠牲者を求めて、静かに世界に広がり続けている。