「月明かりの囁き」

呪われた十三夜の森 怖い話

怖い話「月明かりの囁き」

17歳の藤本亮(ふじもと りょう)は、古びた田舎の町で暮らしていた。周囲を深い森に囲まれたその町では、毎年秋の夜、特別なお月見の風習が行われていた。それは「十三夜」の夜に満月を愛でるというものだったが、この地方ではそれにまつわる奇妙な伝説が存在した。

「十三夜の満月を見逃すと、魂が月に引きずり込まれる」という古い言い伝えが、祖母から幼い頃から繰り返し語られていた。藤本家の人々はこの夜をとても大切にし、毎年欠かさず満月を見上げ、静かに願いを捧げる習慣を守ってきた。しかし、亮はこの伝説をただの迷信だと笑い飛ばしていた。

十三夜の夜、亮は友人たちと一緒に町外れの森に向かった。満月を愛でるお月見の習慣を軽んじ、彼らは祭りの騒ぎから逃れて秘密の場所で夜を楽しもうとしていた。

森の中は静かで、月明かりが木々の間から漏れ出し、彼らの影を揺らめかせていた。しかし、森の奥深くに進むにつれて、亮は不安を覚え始めた。風もなく静まり返った森の中で、彼の耳に奇妙な囁きが届いたのだ。それは風の音でも、木々の揺れる音でもなく、何かが彼の名を呼んでいるかのようだった。

「亮、こちらに来い…」

不気味な声に導かれるように、亮はさらに奥へと足を進めた。友人たちも同様に、何かに引き寄せられるように歩みを止めなかった。やがて彼らは、月明かりに照らされた開けた場所にたどり着いた。

その場所には、古びた石の祠(ほこら)がぽつんと立っていた。祠には古代の文字が彫られており、その意味は亮には分からなかったが、どこか不吉な気配を漂わせていた。祠の上には十三夜の満月が、異様なほど鮮やかに輝いていた。

突然、友人の一人が狂ったように叫び出した。「月が、俺たちを見てる!逃げろ!」しかし、その言葉は遅かった。次の瞬間、祠の周りに冷たい風が吹き荒れ、彼らの体は何かに捕らわれたように動かなくなった。

月光が彼らを包み込み、身体が徐々に冷たくなっていく。亮は意識が薄れゆく中で、ふと祖母の言葉を思い出した。「十三夜に満月を見逃すと、魂は月に引きずり込まれる…」

彼の視界は次第に暗くなり、最後に見たのは、異様に輝く満月だった。

翌朝、亮とその友人たちは二度と戻ってこなかった。町の人々は森中を探し回ったが、彼らの行方は杳として知れず、ただ静かな森だけが残された。亮の祖母は、祠の前に跪き、祈り続けたが、月の呪いから彼らを救うことはできなかった。

その後、亮たちが消えた場所は、「呪われた十三夜の森」として忌み嫌われ、誰も近づくことがなくなった。そして毎年、十三夜の夜が近づくと、町の人々は決して月を見逃さないよう、注意を払うようになった。誰もが、再びあの恐ろしい出来事が繰り返されることを恐れていた。

十三夜の夜、満月が高く昇るとき、森の中からかすかに聞こえる囁きに耳を傾ける者はもういない。月の光が全てを飲み込むその瞬間、あの夜に消えた少年たちは今もなお、月の裏側でさまよい続けているのだろう。

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