怖い話「空白」
19歳の大学生、達也(たつや)は、いつもどこか自分が「空白」の中にいるような感覚を抱いていた。彼の人生は、平凡で何の波風も立たない日々の繰り返しだった。講義を受け、友人たちと適当に過ごし、家に帰って寝る。それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、ある日、達也はその平凡な生活の中で奇妙な出来事に遭遇する。それは、まるで彼の現実そのものが「空白」に飲み込まれていくような体験だった。
夜、自室でレポートを書いていた達也は、突然、パソコンの画面が真っ白になり、何も映らなくなった。「おかしいな」と思い、再起動を試みたが、画面は依然として真っ白のまま。それどころか、部屋の電気まで一瞬消えて、再び点灯したときには、まるで自分が見知らぬ場所にいるような違和感を感じた。
部屋は同じはずだが、何かが変わっていた。机の上にあったはずのノートが消え、代わりに白い紙だけが一枚置かれていた。恐る恐るその紙を手に取ると、そこには何も書かれていなかった。「空白だ…」と彼は呟き、背筋が凍りつくのを感じた。
その日から、達也の周囲で異常な出来事が頻発し始めた。友人と話している最中、突然彼らの顔がぼやけ、次の瞬間には彼の記憶から友人たちの存在そのものが消え去ってしまうような感覚に襲われる。また、街を歩いていると、人々の姿が瞬時に消え、気づけば自分一人だけが取り残されているかのような光景が広がっていた。
「これは何かがおかしい…」達也は次第に現実と夢の境界が曖昧になっていく中で、自分がどこにいるのか、何をしているのか、確信が持てなくなっていった。
ある日、達也は再び自室に戻り、白い紙が増えていることに気づいた。それは机の上だけでなく、部屋中の至る所に散乱しており、すべてが「空白」だった。達也は、その紙の中に何かのメッセージが隠されているのではないかと考え、じっと見つめ続けたが、何も見えてこなかった。
次の瞬間、部屋全体が一瞬で真っ白に染まり、達也の視界からすべてが消え去った。彼は立っているはずの場所がどこかもわからず、ただ無限の「空白」に包まれていた。耳を澄ますと、遠くから不気味な囁き声が聞こえてくる。それはまるで彼を呼んでいるかのようだった。
「ここで終わりだ…」その言葉が達也の頭に浮かび、彼の全身が強張った。どこからともなく現れた存在が、彼を「空白」に引きずり込もうとしていた。
最終的に達也は、「空白」の中で自分の存在すらも失い始める。手も、足も、声すらも感じられなくなり、ただ無限の何もない世界に取り残された感覚だけが残った。
彼が最後に感じたのは、全身が徐々に消えていく恐怖だった。達也はもはや自分が存在していたのかどうかさえもわからなくなり、彼の意識は完全な「空白」の中で消滅した。
「空白」は単なる虚無ではない。それは、何かが存在し、何かが奪われていく場所だ。達也のように、そこに引き込まれた者は、自分の存在を失い、何もない恐怖に飲み込まれていく。そして、その空白が何であったのか、誰も知ることはできない。