怖い話「藁人形の代償」
深夜の神社の境内。古びた鳥居をくぐると、木々の隙間から月明かりが微かに差し込んでいた。その光の下、ひとりの男が藁人形を握りしめて立っていた。彼の名は田辺健司。無表情で冷たい目つきの彼は、妻の浮気相手を呪い殺すためにここにやってきたのだ。
健司は、浮気相手の写真を藁人形の顔に貼りつけると、五寸釘を取り出し、無言で打ち込んでいった。乾いた音が夜空に響き、周囲の静寂に不気味さを増幅させた。彼はすべての釘を打ち終えると、満足げにその場を後にした。
翌朝、健司は自宅のテレビで驚愕のニュースを目にした。妻の浮気相手である中村という男が、自宅で謎の死を遂げたというのだ。死因は不明だが、彼の身体には無数の釘の跡が残っていたという。健司はそのニュースを聞いて微笑んだ。「これで俺の復讐は果たされた」と。
だが、その夜から健司の生活に異変が起こり始めた。寝室の隅に、まるでどこからともなく現れたかのように、藁が散らばっていたのだ。初めは何かの偶然だと気に留めなかったが、日を追うごとに藁の量が増えていき、家のあちこちにまで広がっていった。
ある日、健司は玄関の前に小さな藁人形が置かれているのを発見した。それは彼が神社で使ったものとは異なり、どこか異様に不気味な雰囲気を放っていた。健司はその藁人形を気味悪く感じ、すぐにゴミ箱に捨てた。しかし、翌朝になると同じ場所に藁人形が戻ってきていたのだ。
苛立ちを覚えた健司は、今度は人形を焼却炉に投げ込み、完全に焼き尽くした。これで安心だと感じたのも束の間、その夜再び藁人形が玄関に現れた。しかも、その藁人形は焼けた痕跡すらなく、まるで新しく作り直されたかのように完璧な状態だった。
恐怖に駆られた健司は、その夜眠ることもできず、ただ布団の中で震えていた。そして、夜が更けるにつれ、不意に背中に異様な重さを感じた。寝返りを打とうとしたが、身体がまったく動かない。何かが、いや、誰かが彼を押さえつけているようだった。
恐る恐る振り向こうとすると、背中の上に乗っていたのは、あの藁人形だった。しかし、それは小さなものではなく、健司と同じ大きさにまで膨れ上がっていた。藁人形は冷たい目で健司を見下ろし、手には血まみれの五寸釘を握りしめていた。
その瞬間、健司の脳裏に、彼が呪った中村の姿がフラッシュバックした。中村が同じように藁人形によって命を奪われた姿が鮮明に蘇ったのだ。だが、それが現実のことか夢か、区別がつかなくなっていた。健司は絶望的な恐怖に囚われ、声を上げようとしたが、喉が凍りつき、何も言えなかった。
藁人形はゆっくりと健司の胸に釘を押し当て、そのまま力強く打ち込んだ。健司の身体から力が抜け、彼は薄れゆく意識の中で、自分がこれからどこに連れて行かれるのかを考える余裕もなかった。釘が一本、また一本と打ち込まれるたびに、彼の命は徐々に奪われていった。
翌朝、健司の遺体は無残な姿で発見された。全身に五寸釘が打ち込まれ、まるで藁人形のように変わり果てていた。その傍らには、無傷の藁人形が静かに横たわっていたが、その顔はまるで健司自身を模して作られたかのようだった。 彼の死因は不明とされ、藁人形も証拠として警察に回収されたが、なぜかそれ以降、その藁人形を見た者は誰一人いなかったという。健司が引き受けた「呪い」は、彼自身の魂をも引き裂いたのだろう。そして、その藁人形は、今もどこかで新たな「持ち主」を探して彷徨っているに違いない。