「ビアガーデン」

ビアガーデン 怖い話

怖い話「ビアガーデン」

由香は32歳のアパレル店員で、都会の喧騒の中で忙しい日々を送っていた。彼女の唯一の癒しは、愛犬のマックスとの散歩だった。由香は、仕事の合間を縫ってマックスと過ごす時間を大切にしており、彼女にとって彼はかけがえのない存在だった。

夏のある夜、由香は同僚たちと一緒に、職場近くのビアガーデンに行くことになった。久しぶりに仕事から解放され、ゆっくりと楽しめる時間を取ることができると喜んだが、同時に、家で待つマックスのことが頭から離れなかった。彼女は、早めに切り上げて帰るつもりでいた。

ビアガーデンは緑に囲まれた静かな場所で、都会の喧騒から逃れるには理想的な場所だった。冷たいビールがグラスに注がれ、友人たちとの会話が弾む中、由香も少しずつリラックスしていった。しかし、ふとした瞬間、彼女は奇妙な違和感を覚えた。風の音や周囲のざわめきが、まるで遠のくように感じられたのだ。

彼女は不安を感じつつも、笑顔を浮かべて会話に戻った。しかし、その夜の出来事は、すべてが現実離れしていた。突然、彼女はビールのグラスを持つ手が重く感じられ、視界がぼやけ始めた。周囲の光が微妙に揺れ、まるで空間そのものが歪んでいるかのようだった。

「ちょっと、トイレ行ってくるね」と言って席を立ったが、足元がふらつき、何かに引き寄せられるように庭の奥へと歩みを進めた。ビアガーデンの外れには古い木々が立ち並び、その影は薄暗い闇に包まれていた。彼女は何かに呼ばれているような感覚を覚え、無意識のうちにその方向へと向かっていた。

やがて、彼女は小さな門を見つけた。それは普段は閉ざされているもので、なぜかその夜に限って開いていた。由香は引き寄せられるように、その門を通り抜けた。中に入ると、そこはかつて墓地であったかのような場所で、古びた石碑が点在していた。冷たい風が吹き抜け、彼女の背筋を凍らせた。

その時、背後から微かな音が聞こえた。振り返ると、そこにはマックスがいた。彼は家にいるはずなのに、どうしてこんなところにいるのだろう?由香は驚きながらも、愛犬の姿に少しだけ安心感を覚えた。彼女はマックスを呼び寄せようとしたが、彼は動かず、ただじっと彼女を見つめていた。

次の瞬間、マックスの姿が変わり始めた。彼の目が異様に光り、毛が逆立つように膨れ上がった。由香は恐怖に駆られ、後ずさりしたが、足がすくんで動けない。マックスの姿は次第に歪み、まるで何か異形のものに変わっていくようだった。

その異様な光景に耐えきれず、由香は目を閉じた。しかし、次に目を開けた時には、マックスの姿は消え、代わりに古びた石碑の前に立っている自分に気づいた。彼女の足元には、土が新しく掘り返されたような跡があり、その場所には何かが埋められているようだった。

恐怖と混乱が入り混じる中、由香はその場を逃げ出し、再びビアガーデンに戻った。店に戻ると、同僚たちは何事もなかったかのように会話を続けていた。彼女は震えながら席に戻り、マックスのことが頭から離れなかった。急いで帰宅し、マックスが無事であることを確認したかったが、足が重く、動くことができなかった。

やがて夜も深まり、由香はようやく帰路についた。自宅に着くと、玄関にマックスが迎えに出てきた。彼は普段と変わらず、愛らしい瞳で彼女を見つめていたが、由香はその瞳に何か違和感を覚えた。彼女は震える手で彼の頭を撫でたが、その瞬間、背筋に冷たいものが走った。

翌朝、由香はベッドから起き上がると、足元に何かが置かれていることに気づいた。それは、昨夜彼女が見た古い石碑の破片だった。由香はその破片を見つめ、恐怖が全身を駆け巡った。マックスはその後も彼女の側に寄り添い続けたが、彼女はもはや、彼が本当に自分の愛犬であるのかどうか、確信を持てなくなっていた。

ビアガーデンでの出来事が何だったのか、由香は今でも理解できない。しかし、あの夜から、彼女の心には常に冷たい影が付きまとい、マックスを見つめるたびに、得体の知れない恐怖が彼女を襲うのだった。

タイトルとURLをコピーしました